ピアノを弾いた後、鍵盤についた手垢や汚れが気になることはありませんか。

「とりあえずアルコール除菌シートで拭いてしまおう」と思ったことがある方も多いのではないでしょうか。実はこれ、鍵盤の素材によっては取り返しのつかないダメージを与えてしまうことがあります……
コロナ禍では除菌意識の向上もあって、鍵盤にダメージが入ってしまったこともしばしば。

この記事では、いろいろな年代やメーカーのピアノを扱ってきた調律師の立場から、鍵盤の正しいお手入れ方法を素材別に解説します。日々のメンテナンスにご参考ください。

30秒でわかる!この記事のポイント

  • アルコール除菌シートは絶対NG!  鍵盤が割れる「ケミカルクラック」の原因になります。
  • 鍵盤の素材(アクリル・人工象牙・本象牙)によって正しいお手入れ方法は異なります。
  • 基本は「乾いた柔らかい布でのから拭き」。汚れがひどい時は、固く絞った水拭き後にから拭きを。

まず確認|あなたのピアノの鍵盤はどの素材?

鍵盤のお手入れ方法は素材によって大きく変わります。
現在流通しているピアノの白鍵には主に3種類の素材があります。

プラスチック(アクリル・フェノール樹脂)

現在販売されている国産ピアノのほとんどがこの素材です。白く均一な見た目が特徴で、比較的お手入れがしやすい優等生。

メリット

・汚れに強い

素材として頑丈、多少の汚れや汗などはちょっと拭ってあげるだけですぐに綺麗になります。
染みこみがなく、長期間使用しても変色することはほとんどありません。

・交換しやすい

大量生産されているため素材を確保しやすいのも特徴です。いつでも、どこでも入手可能!
熱と溶剤で綺麗に剥がせるため、万が一破損しても交換作業がやりやすいのも特徴です。

デメリット

・つるつるしている

メリットの裏返しとして、汗を吸ってくれないため長時間使用していると滑りやすいのが玉に瑕。
引っ掛かりがないため長時間の演奏だとやや疲れやすいのもデメリットです。

・擦り傷が目立つ

硬い素材であるため、演奏によって長い間、爪などが当たっていると細かい擦り傷として残ります。
ほかの素材と違いエイジングではなくダメージとして残ってしまう点も注意が必要です。

人工象牙(ファインアイボリーなど)

ヤマハやカワイの上位モデルに使われています。表面にわずかな凹凸があり、指が滑りにくい素材です。プラスチックより繊細で、誤ったお手入れで変色しやすいため扱いにはやや気を遣います。

メリット

・弾きやすい

表面にほどよい抵抗があり、滑りにくく弾きやすいのが最大のメリットです。
天然の象牙ほどではありませんが、指先の汗を吸ってくれるため長時間の演奏でも滑りにくいのも特徴。

・品質が安定している

工業的に作られているため天然の象牙と違って品質が均一です。
比重や重量もおなじく同一であるため、鍵盤全体の重さやタッチの調整が精密に取れるようになります。

・高い耐久性

乾燥による反りの心配がなく、季節や気候による影響をほとんど受けません。
法律(国際法)の問題もクリアしているため将来的な供給の心配もありません。

デメリット

・手入れ、クリーニングの困難さ

細かい気孔に指の汗や皮脂が蓄積しやすく、アクリルにくらべると黒ずみや黄ばみが目立つ素材です。
また、コンパウンド(研磨剤)などで削ってしまうと質感が大きく変化してしまうのも特徴です。

・模様の美しさや天然の色合いに劣る

象牙がもつ不均一な縞模様は再現できておらず、見た目の美しさではやや欠けるのは否めません。
うっすらとした琥珀色の色見についても天然のもの同じとはいかず、美観の点では一枚劣ります。

象牙(天然)

製造から30〜50年以上経つ古いピアノに多く見られます。現在では法律によって取り扱いが困難となっています。素材の特性上、真っ白ではなくうっすらと琥珀色がかっています。

メリット

・抜群の吸湿性による弾きやすさ

多孔質であるため指先の汗を吸い取り、いつでも快適に演奏できます。
長時間の演奏でもまったく滑らず、吸い付いてくるような質感が最大のメリットです。

・無二の美観とエイジング

宝飾品にも使われるほどの美観は象牙の大きな魅力です。
縞模様(いわゆる象牙の目)は独特の美しさがあり、ふたつと同じものがないのが特徴です。

・高い再生可能性

汚れやくすみにたいして有効なクリーニングが確立されており、黄ばみや黒ずみからも復活可能。
過酸化水素水と紫外線を活用すれば黄ばみはほとんどなくなり、バフがけで艶も復活します。

デメリット

・状態維持の難しさ

天然素材であるため乾燥や湿度による反りや割れなどのリスクがあります。
木材と収縮加減が違うため接着剤がきかなくなり剥落するケースもしばしば。

・入手困難(法律のため)

ワシントン条約によって象牙の国際取引は原則禁止されており、国内でも取り扱いが大変です。
破損や欠けが発生してしまったとき、色見や柄を合わせるのが極めて困難です。

・調整の高い難易度

鍵盤ひとつひとつで個体差があり、微妙に重さも変わってしまうため均一化には高い技術が必要です。
またクリーニングや調整にも専門知識が必要となるため誰でも簡単に扱えるわけではありません。

確認方法

1.触ってみる

アクリルの場合は、つるつるとしていてひっかりがありません。触感としても冷たさがなくプラスチックらしさが感じられます。
人工象牙はややざらつきのあるマットな感覚。冷やかさがなく常温に近いのが特徴です。縞模様が均一であれば、ほぼ間違いなく人工象牙です。
象牙は触れた瞬間にすこしひんやりとした冷たさを感じます。また一枚で成型できない場合があるので”継ぎ目”がある場合があります。

2.ブラックライトを当てる

紫外線を照射するブラックライトを使っても素材を判別することができます。
象牙の場合、青白く、あるいは白く明るく発光します。
人工象牙やアクリルでは、素材そのものが光るというよりブラックライトを反射するように映ります。

3.水滴をたらす(※注意!)

上記の方法でわからない最終手段として、水滴を使うことがあげられます。
アクリルでは表面張力で水はまん丸の状態になります。
象牙(本象牙・人工どちらも)は多孔質であるため水滴を弾かず、ちょっと広がったような恰好になります。ただし、放っておくと染み込んでしまうので、確認したらすぐに拭いましょう。
針の先に水滴をつけて垂らすくらいの量であれば大きな問題にはなりません。(どばっとかけるようなことはNGです!

アルコール除菌シートはなぜNGなのか

新型コロナ以降、ピアノの鍵盤をアルコール除菌シートで拭くご家庭が増えました。衛生面での気持ちはよくわかります。しかし残念ながら、鍵盤へのアルコール使用は厳禁です!

理由は素材への影響です。アクリルなどのプラスチックに高濃度アルコールが触れると、分子の鎖が破壊されて化学的に分断されてしまいます。(いわゆるケミカルクラック)
そうなると表面が白く曇ったり、艶が失われたり、最悪の場合、表面が割れてパキっと黒い筋が走ってしまうことがあります。ダメ、ゼッタイ。

人工象牙も影響を受けやすく、変色や表面のひび割れにつながるケースがあります。
象牙はアルコールに触れると急激に乾燥し、割れや剥がれの原因になります。

“割れ”が起こった鍵盤。黒い筋のようなところ。

一度変色・劣化した鍵盤を元に戻すことは難しく、鍵盤の貼り替えが必要になることもあります。
部分的な補修もできないわけではありませんが、費用やタッチの面であまりおすすめできません……

衛生面が心配な場合は、この後ご紹介する「固く絞った布での水拭き」が最も安全な方法です。

素材別|正しい鍵盤のお手入れ方法

プラスチック鍵盤の場合

普段のお手入れは乾いた柔らかい布マイクロファイバータオルがおすすめ)での乾拭きで十分です。汚れが気になるときは、水で濡らして固く絞った布で優しく拭き、すぐに乾いた布で水分を拭き取ります。

汚れが強いときや長時間の演奏をした後は、鍵盤専用のクリーナーがおすすめです。
乾いたタオルや専用のクリーニングフェルトなどに少量(1センチくらいの染みができるくらいでオッケー)つけて、鍵盤全体を拭ってあげるとキレイになります。
クリーナーを使ったあとは、別の乾いた布でしっかりとふき取ってあげましょう。
クリーナーはプラスチック対応と明記されたものを選んでください。

人工象牙鍵盤の場合

基本は乾拭きのみです。汚れが取れない場合は固く絞った布で軽く拭く程度にとどめてください。
布を絞るときは、よく絞ったあとに、乾いた布2枚で挟み込み、もう一度絞るのがオススメです。
え、こんなにカピカピでいいの? というくらい絞れます。それでいいのです。
クリーナーの使用は避けた方が無難です。メーカーさんが専用のものを出してくれればいいのですが、なかなか見つかりません…

象牙鍵盤の場合

乾拭きが基本です。汚れがひどい場合は調律師に相談することをおすすめします。
自己流のお手入れで傷めてしまうケースが多い素材です。
天然素材であるためなかなか繊細です……そのぶん綺麗なんですが扱いが難しい……

どうしても汚れがひどい場合

まずはたっぷりのぬるま湯を用意しましょう。(お風呂の桶くらいでオッケー)
張ったお湯に中性洗剤を溶かします。(洗剤の表記を確認してください)
マイクロファイバータオルなどを洗剤の入ったお湯に浸してからよく絞ります。
固く絞ったら、汚れを吹きあげてください。
汚れがとれたら、今度は固く絞ったタオル(洗剤のものとは別のものがベスト)で水拭きをします。
最後にしっかりと空拭きをすれば完了!

それでも汚れが取れない場合には、専門業者に鍵盤クリーニングを依頼すると良いでしょう。
くれぐれもほかの溶剤(マジックリンやクエン酸など)を使わないでくださいね!

お手入れの頻度

もちろんピアノを弾くたび!
――というのはもちろん理想ですが、毎回となるとちょっと億劫ですよね。
そのため、から吹きは使用後にさっと、水拭きは週に1回を目途にするとピカピカの状態を保てるでしょう。専用クリーナーは月に1回、気合を入れたときに使用すれば問題ありません。

やってはいけない3つのNG行動

① 鍵盤を横方向に拭く

鍵盤は縦方向(白鍵1本ずつ)に拭くのが正しい方法です。
縦方向に拭くと、隣の鍵盤との隙間に汚れが入り込みやすくなります。
また黒鍵も横方向に拭くのはひかえましょう。
横に拭いて引っぺがした例があります…

② 濡れた布でそのまま拭く

水分が鍵盤の隙間から内部に入り込むと、木製部品の膨張やカビの原因になります。
必ず固く絞った状態で使用し、拭いた後はすぐに乾拭きしてください。

③ 家具用クリーナーやハンドクリームで拭く

ピアノに適していない成分が含まれている可能性があります。
変色・変質の原因になりうるので使わないようにしましょう。
前述のようにアルコールやマジックリンなどは厳禁です!

調律師が使っている・おすすめできるお手入れグッズ

1.キーフレッシュ

プラスチック鍵盤のクリーニングで実際に使用しているのが「キーフレッシュ」という鍵盤専用クリーナーです。除菌・抗菌効果があり、アルコールを使わずに鍵盤を清潔に保てます。お近くの楽器店でお取り扱いがある場合はぜひ確認してみてください。
※象牙・人工象牙鍵盤には使用できませんのでご注意ください。

小さくて持ち運びも便利

2.キークリン

こちらも多くの業者が使っている商品です。やはり除菌・抗菌効果があります。生ピアノだけでなく電子ピアノにも使用可能とのこと。Amazonでも入手できるのでお手軽なのがグッド。一昔よりややお値段が高くなっているのがネックではあります……

学校などで見たこともあるのでは?

3.ヤマハ YAMAHA 白鍵専用 ピアノキークリーナー

こちらも定番の商品ですね。中古や新品を買ったときに同時に購入される方もいらっしゃるでしょう。ピアノメーカーであるYAMAHAが出しているということもあり安全性にはまったく問題なし。ただし白鍵専用とあるので黒鍵は空拭きがおすすめ。こちらも人工象牙、本象牙ともに使用できません。

黒鍵専用は見たことがない……

まとめ

鍵盤のお手入れで最も大切なことをひとつだけ挙げるとすれば、「素材に合った方法を使う」ことです。どの素材でも共通して言えるのは、乾拭きが基本で、水やクリーナーを使う場合は控えめに。
アルコールは厳禁!
毎日少しだけ気にかけるだけで、鍵盤の状態は長く保てますので、大切なピアノを長く使うための参考にしていただければ幸いです。